意外な再会
         〜789女子高生シリーズ  


       



思い出したのは昨年の夏の終わりごろだったか、
いやいや秋の初めだったかな?
さすがに東京の、しかも一商店街での騒動。
全国紙の新聞のどれへも
あまねく掲載されるほどの出来事ではなかったらしいが。
ガールズバンドへの嫌がらせなんて発端だったことや、
結構 本格的な恐持ての連中が出て来たにもかかわらず、
綺羅々々しい女子高生たちが敢然と立ち向かい、
街のガーディアンヒーローもかくやというノリで、
大暴れしたらしいという内幕が痛快だったからだろう。
どこから漏れたか、そっちの詳細が、
ネット上でちらりんと騒がれていたりして。

 「菊千代、アレ 聞いたァ?」
 「あれ?」

昨年同様 途轍もなく暑い夏が、一向に立ち去る気配さえないままで。
毎日毎日、うんざりするよな猛暑続き。
だからといって、冷房求めて喫茶店だの地下街だの、
毎度お馴染みな狭苦しいエリアばかりを伸すのも飽きて来ており。
それでなくとも、
西京極も烏丸も河原町も、祇園も加茂川沿いも、
日頃以上に観光客ばかりで落ち着けぬ。
そこで…ちょっとは目新しいものがあるやも知れぬと、
私鉄の直通特急であっと言う間の大阪はキタ、
梅田界隈まで足を延ばして。
結構なダンジョン仕様の地下街へ降り、
上手に連絡通路を辿って行けば、ミナミは難波や心斎橋まで続くほどの、
それは広大なマップを攻略してみよかなんて。
お元気なんだか惰弱なんだか、
とりあえずは“お出掛け”して来た先だったのだが。

 「何の話だ?」
 「何や知らへんの?」
 「ウチらみたいな女子高生が、
  麻薬や盗品や捌いとった組織、暴き出したんやって。」

どうやって探し当てるものか、
その一件に関しての書き込みが集中している掲示板を
買い替えたばかりだというスマホへ呼び出すと。
ほらと見せてくれたのは、
同じ学校に通う“連れ”の面々で。
ダルいのタルいのと学校をサボったり、
ガンを飛ばしつつ伸し歩いたりなんてしちゃあいないが、
日頃も制服を着崩し、髪も甘い色へと染めているし。
それが休みともなりゃ、
つけまつげやアイラインもしっかと装備、
爪へもカラフルにデコという顔触れもいるせいか。
何人かに半分は、
目を合わせようとしないとか、遠巻きに避けてゆくとか、
明らかに関わり合いたくないぞという挙動を向けてくれるが、
それを見とがめ、わざわざ咬みつくような、
いかにもな 性の悪いことはさすがにしない。
そこまで暇人じゃあないからで、
話題にと取り上げた一件にしたって、

 「なんかドラマみたいやんか。」
 「ホンマホンマvv」
 「ガッコやイケメンのカレ氏に内緒ゆうて、
  アクションばりばり活躍するゆうか?」

あははと笑いこそすれ、
嫉妬まがいの難癖をつけるということはしない。

 せやし、協力しましたて その子ら表彰でもされたんか?
 いや、そんな記事はあらへんなぁ。
 やっぱ、あれやて
  怖いニイさんらに面(メン)が割れたらヤバイんやて。

 「せやけどな、
  バンドの子ォらのボディガードしとった写真が上がっとぉで。」
 「なんやそれ。」

  本末転倒、言わへんか?
  まま、これとそっちが繋がっとぉとは書いてへんし。
  いやいや、現にこんな遠いウチらが察しとぉやんか。

あんた それてオチが甘いわ、いや堪忍やで…と。
まったくの他人事ならではなノリで、
軽くこづき合いつつの、
単なる“ネタ”扱いしていた友人たちであり。
仲間内で一番そういう話題に疎い、草野さんチの菊千代嬢も、
アクションつきと聞いて関心が涌いたか、
どれどれと、連れの手元に呼び出されていた画像を目にしたその瞬間、

 「  …………?!」

ありゃまあ、これって見た顔じゃないかと、
背高ノッポの赤毛さん、まずは“うっ”と絶句した。
実際に逢ったのは ずんと昔、
しかも、他にもたくさん子供がいた場だったんで、
直接何か話したという覚えもないし、記憶も曖昧。
だがだが、何がどう巡り来るかは判らぬもので。
父上である刀月氏が著名な画家でおいでであるがため、
科展へ入選だの、個展を開くだのというイベントごとに、
関係筋から取材を受けたり、
宣伝を兼ねたテレビ出演をなさったりする。
そんな機会の折々に、
なかなかにダンディなお父様に連れられて
一緒に写真に納まったりしてもいらした、
そりゃあ愛らしいご令嬢…という順番で。
こっちからは、そのお顔や評判などなども、
しっかと把握していた従兄弟の従姉妹。
よって、
件(くだん)の騒ぎの立役者らしいよという
お友達からの但し書きつきの画像を見せられて、

 ―― あれ、このお人て ほら東京の…と

見覚えがあればこその速やかさ、
記憶やデータが あっさりと掘り起こされ、
目の前の存在への解説として浮かび上がってくるはずが。

 「なんだ、モモタロウじゃねぇ …って、あれ?」

自分の口から零れ出た一言に、他でもない自身で凍りつく。
親戚じゅうでその美麗な容姿をいつも取り沙汰されているお姉様。
通っておいでの学園では“白百合様”と呼ばれているという憧れの君。
それも判ると誰もが納得の美少女だってのに、

 「モモタロウ?」
 「なんやそれ、キク。」
 「あんま暑いからゆうて、
  そのボケはないんとちゃうか?」

周囲のお友達も、
そちらさんは七郎次お嬢様を知らない身ながら
当然の如く ツッコミの嵐状態と化したが。
それらが耳へ入らないほど、
誰よりも本人が唖然としてしまっての動けない。

 “何だ? 今の。”

モモタロウという名前は、勿論のこと本名じゃあなくて。
だがだが、なんでそんなフレーズが飛び出したのかといやあ、

 『川で拾ったとは、まるで桃太郎ですね。』
 『ええ、本当にその通り。
  桃に入って、どんぶらこ どんぶらこってさ。』

ああそうだ、そんな因縁がある奴だったと思い出す。
でも、自分はその場には居合わせなんだ。

  ―― 桃太郎は山ほどお宝を持って帰って来ます、絶対に!

そんなやり取りがあったんで、それで、確か誰かに訊いたんだっけ。
こいつ、桃太郎っていうのかと……。

 “あれ? でも、それって……。”

隠し撮りなのか、いかにも不意を突かれましたという見返りの構図。
色白の美少女は、つややかな金髪に透き通る水色の双眸をしていて、
いくらカラーコンタクトが全盛でも、
こうまで澄んだ色合いのはなかなかないのではなかろうか。
同じフレームの中には、そんな彼女のお友達らしい、
やけにキンキラした頭やキュートなお顔のお嬢様たちが収まっており。

 “…こっちは キュウの字。こいつはヘイハチじゃねぇかよ。”

そちらは見覚え自体がないはずなのに、
そんな奇妙な“身に覚え”が、
感覚の中、あっさりと浮かび上がるのはどうしてだろうか。
なんでどうしてと、一番に誰かへ聞きたい菊千代お嬢様、
地下街の一角、ホ○イティ梅田の広々とした通路のとある壁に、
一時休止と凭れていた身を引き剥がすと、
軽く額を押さえつつ歩き出す。
所属している剣道部では、
一年でありながら諸先輩を薙ぎ倒しまくっての
早くも次期主将候補という猛者だのに。
日頃だって、いやさ今の今までだって、
暑いなぁと言いつつも元気元気で。
自分たちが疲れたと引き留めなけりゃあ、
いつまでだって歩き続けたろう溌剌娘のはずが。
いきなり暑さまけしたかのように、様子がおかしくなったものだから、

 「キク?」
 「大丈夫なん?」
 「もう帰ろか?」

ここは地下だが、地上じゃあ まだ陽も高くて。
幅の広い通りを埋める人の出足も、実はまだまだ少ない方。
とは言っても、ぼんやりと歩いていたらば、
あちこちで人にぶつかりまくりになるのは明白で。
そんな状態で妙な輩に言い掛かりをつけられてはつまらんと、
様子のおかしい彼女、腕を引いてでも連れ帰ろうとしかかった矢先、
ざわざわとさざ波のように辺りを満たす声や音の中に、
微妙に耳へと障りのある声がした。

 「〜〜〜って、言うてるやろ?」
 「知らへんでは済まへんで。」

地下道に反射してか、
独特な響きとなって満ちるは様々な人声や足音で。
それらをくるみ込むのが、
BGMとして流されているインストゥルメントや、
あちこちで連結し通じている駅から吹き出したそれだろう、
電車の通過音にアナウンス。
漫然としたそんな雑音の厚みのせいで、
他人の会話なんて到底拾い切れるものじゃあない。
ましてや、すぐには見つからぬほどにやや遠い、
それも辻の奥向きでのようなところで発したらしい声音だったが、
それに応じた小さな声がして。

 「か、勘弁してけろ。」

萎縮してのことか、か細い声であったし。
何やお前、どこの田舎から出て来たんやと、
訛りを差して馬鹿にするような声がかぶさったのが、
どうしてだろうか、

 「…………っっ!!」

無性に むかぁっと来た、山科の鬼御前。
ほんのつい先程、得体の知れない感覚に飲まれかけていたのも忘れ去り、
斜めにかぶってたキャップのつばを ぐいと引いて真後ろへ回したのは、

 「何やキク、戦闘態勢やないか。」
 「なんか聞こえたな、あれは。」

滅多なことじゃあ怒らないし困らない、
泰然とした女傑の彼女だが。
そうまで包容力のある人物を怒らせたからにはということか、
一旦怒ると手がつけられぬ。
つかつかという足取りの力強さからして、

 あれはもう スイッチ入っとぉで。
 せやなぁ。
 しゃあない、フォローに回ろ。

だって、彼女は曲がったことが大嫌いな人だから。
ムッとしたのは、
何かそういうものを耳目が捕らえたからに違いない。
だったら自分たちは、そんな彼女の想いを酌んでやらねばと、
見放さないのが何ともいいお友達ではあったれど。

 「なんや、お前。」
 「この田舎もんのお仲間か?」

喫茶店やグリル、パスタの店が居並ぶグルメストリートの奥向きにて。
まだ込み合う時間帯じゃなく、人目が薄いのいいことに、
詰襟制服姿の小柄な少年を、数人の私服高校生が取り囲み、
にやにやしつつも逃がさない構えでいじっているところ。
やっぱりなと後続組が察知したのとほぼ同時、

 「………。」

お前らに偉そうにされる筋合いはないといわんばかり、
ずかずかと一団の中へまで歩みを運んだ赤毛の女傑。
浅い青のTシャツにネットシースルーのベストを重ね、
ダメージデニムの七分パンツに、白いコンバースという軽快な足元をした彼女は、
最初から取り囲まれてる側しか見てはなかったようであり。

 「え?え?え?」

彼の側にすりゃ、こちらさんだって見ず知らずの存在で。
それがいきなり歩み寄って来ての、二の腕掴んで引き寄せるものだから、

 「あ、あのぉ?」

何か御用でしょうかと、おどおど見上げてくるお顔は、
丸みのある瞳にすべらかな頬といい、まだまだ幼さの色も濃く。だが、
何が何でも及び腰な子でもなさそうな、
聞いて下さいと頑張ってはいる、そんな芯のある態度も居残しており。
だからだろう、新たな登場人物があったのへも、
後ずさっての逃げ腰にはならず、
まじまじ見つめ返して来たその態度に、

 “……何だってんだろな、今日はよ。”

さっき見た はとこの画像で何かが弾けたのかもしれない。
封印が解けたとか、そんな粋な言い方は知らないし、
いまだ、何がどうなってるのかはよく判ってなかったけれど。

 『おっちゃま。オラが大きくなったら、オラの婿になれですっ!』

無邪気で無垢で、素直で一途で。
無茶もお任せのお元気な少女が、でも、
決戦を前にした自分に死ぬなと言い、
生きて帰って来ること約束するべく、そんなことを言い出して。
暖かいとか柔らかいとか、
そんな微妙な、だが大事なことを察知する感覚を捨ててまで、
侍に憧れて、だのに、どこかで斜めにずれてた自分を、
大雑把で向こう見ずなだけで、救い難い未熟者でしかなかった自分を、
それでも大好きだと言ってくれた、小さな乙女。

  そんな彼女に間違いない、
  詰襟を着た高校生が立っていたのだもの

困っているようなのにこれを守らずしてどうするかと、
体が自然と動いていたし、

 「何やお前。」
 「そいつの保護者やゆうのんか?」
 「せやったら代わりに、わび入れてもらおか。」

ぼ〜っとしとって、しかも俺らと目ぇ合っても挨拶なしで…と
勝手な言い掛かりを吹っかけて来かかったもんの。

  「うるさいなぁ。俺にそんな偉そうに言うだけのタマなんか?」

視線は気の毒な少年のほうを向きつつ、
だが、この物言いは間違いなく周囲を取り巻く連中へのもの。
何やとといきり立ちかけ、手を延べて肩を掴もうとしかけた奴がいたが、

 「頭数おらな何も出来ひん奴が、そない偉そうに言うなて言うてんのや。」
 「な…っ。」

呆然として見えて、その実、
なかなかに場数を踏んでそうな言い回し、
腹に力が入ったお声で返したお嬢さんであり。

 「見るからに恐持てやいう相手やったらともかく、
  こんな不慣れそうな坊ン捕まえて、
  一体 何人がかりやのん、あんたら。」
 「う…。」

ここで初めて視線だけを、
調子に乗ってまくし立てていた先鋒へ、
きろりと浴びせかけた赤毛のお嬢様だったが。
その目線の鋭さと威容は只ごとじゃあなかったし、
今になって気がついたのが、
普通一般の少女より、頼もしいまでに大ぶりの手であり。
それが、ちょいと力んでのぐっと、
指を張った格好で宙で何か掴むような形に決まった途端、

 「…あ。俺 思い出してもた。」

一人がそうと呟いてじりと後ずさりを初めておいで。

 「あれて、山科の女弁慶ちゃうんか。」
 「え"?」

  「どぉあれが“弁慶”やとぉ?」

選りに選ってご本人に聞こえてりゃあ世話はない。
低められたトーンが地に響いての恐ろしい、
そのまま呪詛にさえ成りかねないお声でリピートされたその迫力に、
あわわと震え上がった与太者連中、
あらためての凍るような眼光一瞥、ぎろりと睨みつけたれば、

 「お、覚えとれやっ!」
 「ほうか、覚えとった方がええんやな?」

 ふ〜〜〜〜〜〜〜ん、と

菊千代から長々感心したように相槌打たれた 約一名の周囲から、
ざざざっと仲間が遠ざかったのが、何度思い出しても笑えると、
こちらのお仲間の皆様へ言わしめた。
そんな格好であっさり幕切れと相成った修羅場だったが、


  「あ、あの?」


助けられたのか、それとも新手の狼が現れたのかと、
そんな戸惑いにだろう、
脅されていた少年が表情を決めかねてしまってたのもまた、
何とも笑えるひとこまでござったそうな。







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 *菊千代さんには“去年”の話。
  厳密には一昨年のことでしたね。
  まま“サザエさん現象”が起きてますんで。
  つか、去年の夏と言えば海辺での怪談噺、
  麻薬取引を妨害したなんて武勇伝…になっちゃうんで、
  尚のこと、
  関わってた未成年の正体なんて明かされまいと思いまして。
   


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